1985年8月12日に発生した日航機墜落事故で、最愛の恋人を亡くした元力士の琴旭基(角田博且)さん。
彼女の42回忌を目前に、お二人のエピソードが再び大きな注目を集めています。
新米力士時代に出会った初恋の彼女との死別。事故当日、お二人に何があったというのでしょう。
今日ここでは、琴旭基と亡き彼女にまつわる
- ふたりの出会いや交際エピソード
- 「新幹線で帰る」はずだった彼女を襲った日航機事故の真相
- 断髪式を拒否し「ちょんまげ」を結い続けた切なすぎる理由
- 30年もの間、亡き彼女を一途に想い続けた壮絶な半生
について詳しく紹介します。ぜひ最後までご覧ください。
【日航機墜落事故の悲劇】琴旭基の亡き彼女とは?

1985年8月12日、乗客乗員524人を乗せた羽田発大阪行きの日航機123便が群馬県の御巣鷹山に墜落。
単独機としては史上最悪となる520人もの尊い命が奪われたこの大惨事で、最愛の恋人を失ったひとりの男性がいました。
当時、佐渡ヶ嶽部屋の新米力士だった角田博且(つのだ ひろかつ)さん、のちの四股名「琴旭基(ことあさき)」さんです。
19歳で出会った後援会長の娘との秘められた恋
琴旭基さんと彼女との出会いは、事故の前年となる1984年の春にさかのぼります。
当時19歳だった博且さんは、東京で大相撲の世界に飛び込んでわずか2年目の新米力士でした。
当時の四股名は「琴天旭(ことあまき)」。番付はまだ序二段という駆け出しの時期です。
大阪場所中のある日、相撲部屋を訪れた関西支部後援会長の家族の中に、相撲が大好きだという会長の娘がいました。
来月から「東京の専門学校に進学する」と語り、博且さんに連絡先を渡して去っていた会長の娘。
男だらけの厳格な部屋生活を送っていた博且さんにとって、その積極的で可憐な彼女の存在はあまりにも眩しく、強く心に残るものだったといいます。
限られた時間で育まれた二人の初恋
連絡を取り合うようになったふたりは、ほどなくして交際をスタート。
琴旭基さんにとって、彼女は初恋の相手だったといいます。
しかし、地方場所や日々の激しい稽古、雑務に追われる若手力士にとって、自由な時間はほとんどありません。
ふたりは場所終わりのわずかな休みを合わせ、大切に会う時間を紡いでいきました。
世界仰天ニュース
— Hara (@ga15_s) November 25, 2015
来週予告のこれ、琴旭基さん? pic.twitter.com/43nd9ZBBqi
厳しい相撲部屋の中で、ふたりの交際は親方には秘密にされ、信頼できる一部の兄弟子だけがそっと見守る特別なものだったそうです。
彼女の健気な応援に支えられた博且さんは、交際開始から9か月後に見事三段目へと昇格。
小さな喜びを分かち合いながら、未来への希望に満ち溢れた時間を過ごしていたふたりでしたが…。
交際を始めて1年4か月が過ぎようとしていたあの夏、あまりにも突然で残酷な別れが訪れることになります。
悲劇の日航機墜落事故!琴旭基の恋人の死別を時系列に
1985年8月12日、ふたりの運命は思いも寄らない形で引き裂かれることとなりました。
実は、事故の当日、琴旭基さんと彼女は会っていたのです。
その後、「新幹線で帰る」はずだった彼女に一体何が起きたのか。
あの日から12日間に及ぶ悲劇の経緯を時系列で辿ります。
事故当日のすれ違いと悲劇の全貌
笑顔の別れと「2日後」の約束
- 海外旅行から戻った彼女と母親、博且さんの3人で食事。「新幹線で帰る」という彼女を見送り、お盆休みの2日後に彼女の実家で再会する約束を交わした。
予定変更と日航機123便の惨劇
- 何らかの予定変更があり新幹線から飛行機へ変更。一家で羽田発大阪行きの日航機123便に搭乗し、群馬県御巣鷹の尾根に墜落した。
無情なニュース速報と乗客名簿
- テレビで流れた乗客名簿に新幹線に乗ったはずの彼女の名前を発見。信じられない博且さんは震える手で実家に電話をかけるが、無情にもつながらなかった。
日本航空からの知らせと現場への出発
- 安否不明のまま過ごした3日後、関係者確認のため相撲部屋へ連絡が入る。兄弟子の強い懇願により、博且さんは惨劇の現地へと向かった。
変わり果てた姿での再会
- 地獄絵図のような現場で捜索を続け、ついに再会。彼女は最後に会ったあの日と同じ「紺のワンピースに白いベルト姿」のまま静かに眠っていた。
琴旭基さんと彼女が再会を果たしたのは、日航機墜落事故の発生から12日が過ぎた日のことでした。
事故現場へ向かい、惨状を目にしながら過ごした12日間。
「一刻も早く彼女を見つけてあげたい」という切なる願いと、「頼むから犠牲者の中に彼女がいてほしくない」という祈り。
ふたつの感情が激しく交錯する中で待ち続けた時間は、想像を絶する過酷なものだったはずです。
最後に対面を果たした彼女は、あの日見送ったときと同じ「紺のワンピースに白いベルト」を身につけて静かに眠っていました。
琴旭基は絶望から復活!30年間貫いた彼女への一途な愛
最愛の彼女を失い、生きる気力すら失ってしまった琴旭基さん。
絶望の底にいた琴旭基さんを再び立ち上がらせたのは、彼女が残した「ある形見」と、御巣鷹の尾根で立てた誓いでした。
絶望の底で届いた「スクラップブック」と止まらない涙
彼女の死後、生きる目標を見失った博且(琴旭基)さんは、本業である相撲にも身が入らず絶望の日々を送っていたそうです。
そんなある日、亡くなった彼女の親友から一通の手紙と一冊のファイルが届きます。
そこに収められていたのは、彼女が大切に作り続けていた博且さんの「取組スクラップブック」でした。
- 勝敗の記録とともに添えられた温かい励ましのメモ
- 楽しかった思い出の写真と未来への希望が綴られたアルバム
- 「あなたが一番好き」と書かれた、まっすぐで温かい愛のメッセージ
彼女の深い愛情に触れた博且さんは、溢れ出る涙を止めることができなかったといいます。
御巣鷹の墓碑前で誓った初優勝と「琴旭基」への改名
事故から1年が過ぎた頃、博且さんは親方の許しを得て、彼女が最期を迎えた御巣鷹の尾根へと向かいます。
立ち並ぶ墓碑の中から彼女の名前が刻まれたものを見つけたとき、「命ある自分に何ができるのか?」そう自分に問いました。
そして、自然と出た答えが
だったそうです。
彼女の墓碑前で心に誓った博且さんは、慰霊登山から約1か月後、序二段で自身初となる全勝優勝を果たします。
その後、四股名を「琴旭基(ことあさき)」へと改名し、続く三段目でも優勝。
天国の彼女に捧げる見事な復活劇を遂げました。
断髪式を拒否した理由が泣ける
その後、怪我の影響もあり33歳で力士生活に終止符を打った琴旭基さん。
最高位は幕下でしたが、最後まで一途に相撲をやり抜きました。
引退の際、親方に「断髪式はしたくない」と申し出た琴旭基さんでしたが、その理由は、
だといいます。
引退後は彼女の墓がある関西へ移住し、ちょんまげを結ったままちゃんこ店を開店。
他の女性と浮いた話もないまま、彼女への一途な愛を胸に第二の人生を歩み始めました。
琴旭基を襲った病魔と奇跡の復活!彼女が命を守ってくれた
琴旭基さん、毎年 彼女の命日には御巣鷹山に慰霊登山。33歳で引退、彼女の故郷に近い大阪でちゃんこ店を開店。38歳の頃、脳出血で倒れ右手足と言語障害が残る(*p´д`q)゚。 pic.twitter.com/wScZE5K6J7
— SHOKO·TA (@sfukagast) August 21, 2016
引退後、亡き彼女の墓がある関西で「まげ」を結ったままちゃんこ店を営んでいた琴旭基さん。
彼女への一途な想いを胸に歩み続けていましたが、50代を迎えて再び過酷な試練が襲いかかります。
脳出血で途絶えた「まげ」と彼女が繋いだ命
2015年、琴旭基さんは突然の脳出血に襲われ、意識不明の重体に…。
命を取り留めるための緊急手術において、長年大切に結い続けてきた「まげ」は看護師の手によって切られることとなりました。
彼女との唯一の繋がりでもあった「まげ」を失ったことは、琴旭基さんにとって身をむしり取られるような痛恨の出来事だったといいます。
しかし、一時は命も危ぶまれた大病から奇跡的に意識を取り戻したとき、琴旭基さんは
と強く実感したといいます。
亡くなった天国の彼女から
というメッセージを受け取った琴旭基さんは、絶望から再び立ち上がる決意を固めました。
車椅子からの再起と御巣鷹への帰還
右半身に麻痺が残り、一時は車椅子生活を余儀なくされた琴旭基さんでしたが、過酷なリハビリに死に物狂いで挑み続けます。
その原動力となったのは、
という強い意志でした。
その後、懸命なリハビリの末、杖を使って歩けるまでに回復。
日航機墜落事故から歳月が流れた節目の年に、再び御巣鷹の尾根へと登頂を果たしたそうです。
急勾配の山道を一歩一歩踏み締めながら墓碑の前に立った琴旭基さんは、守ってくれた命への感謝と、これからも一途に生き抜く誓いを捧げました。
突如『恋人を亡くす』という悲劇を乗り越え、彼女とともに生きたその半生は、今も多くの人々の心に深い感動を与え続けています。
事故から30年が過ぎた2015年12月、琴旭基さんは亡き彼女に捧げる自伝『あの日、俺の運命が変わった 日航機墜落事故と脳出血の二重苦を越えて』を出版。
(※書籍名の一例・整理表記)。
自身の半生を言葉として残したことで、長年抱えてきた切ない想いにひとつの区切りをつけることができたのかもしれません。
その後、過酷な人生を支えてくれる素敵な女性と巡り合い、ご結婚されています。
奥さんとの出会いや現在の幸せな結婚生活については、こちらの記事で詳しく解説しています↓

日航機墜落事故の悲劇・琴旭基の亡き彼女【まとめ】
1985年の日航機墜落事故で最愛の恋人を失った元力士・琴旭基さん。あの日から始まった苦悩を乗り越え、彼女とともに歩んだ壮絶な半生のポイントです。
- 運命の出会い:19歳で出会った後援会長の娘。激しい稽古の合間に愛を育んだ初恋の相手。
- 突然の死別:新幹線から急遽変更した日航機123便の事故で他界。12日間の捜索の末、あの日と同じ服装で発見。
- 一途な絆:彼女が作った「スクラップブック」を支えに初優勝。「彼女と繋がっていたい」と断髪式を拒否し、まげを残したまま引退。
- 奇跡の復活:脳出血でまげを失うもリハビリを克服。自伝出版や御巣鷹山への登頂を果たし、命の尊さを伝え続ける。
時が流れても色褪せない琴旭基さんの一途な愛と命の物語は、今もなお多くの人々の心に深い感動を与え続けています。


