2014年に亡くなられた俳優の高倉健さん。日本を代表する名俳優として、数々の作品で活躍していました。
そんな高倉健さんには、17年にわたりプライベートを支えてきた「パートナー」がいたことが、没後に明かされています。
高倉健さんの33歳年下というこの女性は、小田貴月(おだ たか)さんです。
お二人は結婚という形ではなく、「養子縁組」という選択をされました。
小田貴月さんはなぜ、妻ではなく「養女」になったのでしょうか?
そこでここでは、高倉健さんにまつわる
- 内縁の妻・小田貴月なぜ養女
- 小田貴月との出会いや年齢差
- 秘蔵写真と養女としてのエピソード
- 40億ともいわれる遺産相続とバッシングの真相
について詳しく紹介します。ぜひ最後までご覧ください。
【画像】高倉健の内縁の妻・小田貴月は何者?
2014年に亡くなられた俳優の高倉健(本名は小田敏政)さん。享年83歳でした。
高倉健さんの「パートナー」として知られる小田貴月さんは、2026年2月現在62歳です。
- 本名:小田貴(おだ たか)
- 旧姓:河野貴(こうの たか)
- 芸名:貴倉良子(たかくら りょうこ)
- 出版ネーム:小田貴月(おだ たか)
- 生年月日:1964年1月13日
- 出身:東京都板橋区
- 身長:165cm
- 最終学歴:千代田女学園短期大学
- 職業経歴:女優・タレント・声優・ライター・ホテルジャーナリスト・テレビディレクター
小田さんは高校時代にスカウトされ、女優「貴倉良子」として活動。
その後、ディレクターやライターとして海外を飛び回るキャリアウーマンとして活躍していました。
こちらの画像は、若い頃の小田貴月さん。

華やかな雰囲気のとても綺麗な方ですね。
1990年代には、ホテルジャーナリストやテレビディレクターとして、本名の河野貴名義で活動。妖艶美女とも言われたほどの美女です。
高倉健さんと交際する以前に「離婚歴が2回あった」と言われている小田貴月さん。
ただ、元夫については情報がありませんし、お子さんがいらっしゃるのかといった詳しいこともわかっていません。
そんな小田貴月さんと高倉健さんは、どのようにして出会ったのでしょうか?
高倉健と小田貴月の出会いは香港
高倉健さんと小田貴月さんの馴れ初めは1996年のこと。
小田貴月さんが仕事で香港を訪れていた時、宿泊先のホテル内にあるレストランで、高倉健さんから声を掛けられたのが最初の出会いでした。
小田さんは高倉健さんが俳優ということは知っていましたが、プライベートなことは何も知らなかったそうです。

香港で名刺交換をしたふたりは文通を開始。その後、1997年から交際がスタートし、ほどなくして同棲を始めたといいます。
当時の高倉健さんと小田貴月さんとの関係を知っていた人物は、小田さんの母親と、事務所の人間1人だけだったようです。
高倉健さんのために家で毎日食事を作り、ロケの支度をするなど、17年にわたって健さんの私生活を献身的に支えていました。
高倉健のパートナー小田貴月なぜ養女?
小田貴月さんが高倉健さんの養女になったのは2013年5月のこと。なぜ「再婚」ではなく、「養女」という形を選んだのでしょうか。
きっかけは、小田さんの母親が脳梗塞で倒れたことでした。
病院へお見舞いに訪れた高倉健さんでしたが、親族ではないため病状の説明を受けることもできず、看病に制限があるという現実を目の当たりにします。
健さんは「何かあった時に病室に入れるように、家族になろう」と、籍を入れる決断をしました。
しかし、高倉健さんはかつて歌手の江利チエミさんと離婚した際、メディアの激しい追及に苦しんだ『トラウマ』があったそうです。

離婚時のトラウマという背景から、
と考え、自身の本名である「小田」姓を継がせる養子縁組という形をとったのです。
戸籍上の親族だった期間はわずか1年ほどでしたが、それは健さんなりの究極の愛の形でした。
高倉健の死因は?養女が受け継いだ遺産は40億
高倉健さんの意向で養女となった小田貴月さんは、入院中の健さんに付き添い、病室での最期もひとりで看取ったといいます。
2014年11月10日、高倉健さんは『悪性リンパ腫』のため亡くなられました。
生涯年収が100億円を超えるとされる高倉健さん。養女である小田貴月さんは、40億円といわれる遺産を相続したようです。
近親者のみで行われた高倉健さんの葬儀と告別式。この小田貴月さんの対応が、猛バッシングを浴びる原因となりました。
遺骨・分骨でバッシングの真相
小田貴月さんは葬儀を終えるまで、高倉健さんの死を健さんの親族にも伝えなかったと言われています。
ごく一部の映画関係者だけを呼んで、済ませてしまった葬儀と火葬。
高倉健さんの実妹や親族は「健さんとお母さんを一緒に眠らせてあげたい」と、遺骨の分骨をお願いしたそうですが…。
小田貴月さんは頑なに拒否。さらに『貸し出しなら許す』と通達してきたとされています。
2024年11月15日の女性セブンプラスによると
健さんの死から一貫して、彼の親戚たちとは距離を置いている。いまだ直接の面識は一度もなく、やり取りもすべて弁護士経由だ。
高倉健さんの死後、ファンたちから「なぜ手を合わせる場所がないのか」という問い合わせが殺到。
健さんの実妹や親族は困惑しつつ、遺骨の存在がわからないまま供養をするしかなかったそうです。
しかし、健さんの密葬に立ち会った映画会社・東宝の島谷能成会長が、小田さんから分骨された健さん遺骨を実妹にお渡しされたとのこと。
七回忌を機に、母親小田タカノさんと同じお墓に納骨された高倉健さんのご遺骨(分骨)。親族やファンは安堵したといいます。
さらに、10年の節目に別の関係者から「密葬でお預かりした分骨を親族にお返ししたい」との申し出があり、遺骨の一部が戻ってきました。
養女である小田貴月さんによると「遺骨は故人の遺志で散骨した」とのことですが、この分骨問題が原因でファンからバッシングを受けてしまったようです。
遺産処分でバッシングの真相
高倉健さんの愛車やクルーザー、さらには長年住んだ豪邸を取り壊したことについても
- 遺産目当て
- 思い出を壊している
と小田貴月さんは批判されました。
これに対し小田さんは、2019年の番組出演時に真相を激白。
と明かしました。世間からの批判を一身に浴びてでも、健さんの「美学」を守り抜くことが小田さんに託された最期の仕事だったようです。
【画像】高倉健の養女・小田貴月の現在は

小田貴月さんは2026年現在、高倉プロモーションの代表取締役を務めています。
高倉健さんと出会ってから死別するまで、長らく沈黙を貫いてきましたが、現在はテレビ番組などにも出演。
2024年12月23日には、テレビ朝日系『徹子の部屋』に登場し、生前の高倉健さんとの思い出を語っていました。
高倉健と養女の秘蔵写真やエピソード
高倉健さんの死後、小田貴月さんは3冊の本を出版。
- 『高倉健、その愛』2019年10月
- 『高倉健、最後の季節(とき)。』2023年3月
- 『高倉健の愛した食卓 』2024年10月
2019年に出版された『高倉健、その愛』では、高倉健さんとの日々を綴っており、お二人の出会いから健さんが亡くなるまでの17年間を記した内容とされています。
世間から非難を受ける覚悟で出版を決めた理由には、高倉健さんからの遺言があるそうです。
高倉健ぼくのこといちばん知っているのは小田さんだから、自分のことを書き残してほしい。
そう言い渡されていました。
本には高倉健さんとのプライベート写真も収められているとのこと。
こちらは、情報番組『ミヤネ屋』で紹介された、高倉健さんの秘蔵写真の一部です。


高倉健さんは生前、小田貴月さんを「貴(たかし)」と呼んでおり



僕の人生で一番嬉しかったのは貴(たかし)と出会ったこと
そう語っていたエピソードも明かしました。
高倉健さんからの要望で、普段の小田貴月さんはノーメイクだったそうですが、話し方も上品で美人と評判。
今後、テレビのお仕事も増えていくのではないでしょうか。
高倉健の養女【まとめ】
日本を代表する俳優・高倉健さんの「内縁の妻」と称された小田貴月さんについて紹介しました。
- 17年間、高倉健さんを陰で支え続けた「最後のパートナー」。
- トラウマやプライバシーを考慮し、結婚ではなく「養女」として家族になった。
- 遺産処分や遺骨問題でのバッシングも、本人の遺言を守るための行動だった。
- 現在は事務所代表として、健さんの思い出を正しく伝える活動を行っている。
高倉プロモーション代表取締役に就任した小田貴月さんは、本を出版するなどして健さんとの日々を明かしています。
これほどまでに自分を律して尽くした女性がいたことは、ファンにとっても救いなのかもしれません。






