宝塚歌劇団の元星組男役トップスターだった寿美花代さんが結婚したのは1963年のこと。結婚相手は東宝の映画スター高島忠夫さんです。
結婚の翌年に第1子である長男を授かったご夫妻。しかし、長男は生後5か月で殺害されてしまったようです。
長男殺害事件の犯人は、高島家で働いていた17歳の家政婦でした。
ショッキングな事件はなぜ起きてしまったのでしょうか?
今日ここでは、寿美花代さんと高島忠夫さんの長男にまつわる
- 長男殺害事件の犯人は高島家の家政婦
- 未成年家政婦の名前や生い立ちは
- 家政婦の動機・事件の真相
- 家政婦の現在や今の画像
について詳しく紹介します。ぜひ最後までご覧ください。
高島忠夫と寿美花代の長男・名前は道夫
高島忠夫さんと寿美花代さん夫妻に長男が誕生したのは、1964年3月のこと。
高島さん夫妻の第1子として注目を浴びた長男の名前は、道夫くんと名付けられたそうです。

しかし、悲劇は突如として訪れます。
長男の道夫くんは、生後5か月で殺害されてしまったのです。あまりに短い人生の幕を閉じた道夫くん。
生後5か月といえば「あーあー」と喃語を発したり、早い子では人見知りや夜泣きが始まることもありますよね。
高島さん夫婦も長男の成長を楽しみにしていたことでしょう。
そんな可愛い道夫くんの命を奪ったのは、高島家で働いていた17歳の家政婦でした。
彼女はなぜ、生後5か月の長男を殺害するという罪を犯したのでしょうか。
寿美花代・長男殺害事件の全容
高島忠夫さんと寿美花代さんの長男が殺害されたのは、1964年8月24日。東京都世田谷区上野毛の自宅で事件は起こります。
当時、この自宅で暮らしていたのは次の6人。
- 高島忠夫さんと寿美花代さん夫妻
- 長男の道夫くん
- 17歳の家政婦(女性)
- 29歳の看護師(女性)
- 69歳の家政婦(女性)
3人の女性が住み込みで働いていた高島家。事件が発生した当時、長男は1階の子供部屋で29歳の看護師と就寝中でした。
ところが午前2時半頃、17歳の家政婦が突如
と騒ぎだしたといいます。
家に居た全員で手分けして道夫くんを捜索。この時、室内には物色された形跡が残っていたそうです。
そして、バスルームに入った寿美花代さんがバスタブの蓋を開けた瞬間、浴槽の中に沈んでいる道夫くんを発見。
長男は直ちに近所の病院へ搬送されるも、すでに心肺停止の状態。人工呼吸器などの処置が施されましたが、道夫くんは帰らぬ人となりました。

通報を受けた玉川警察署は、殺人事件として捜査を開始。当初は「物取りの犯行」と報じられていましたが…。
警察は家族や家政婦から事情聴取をするうち、17歳の家政婦に疑念を抱いたようです。
長男を殺害した犯人は17歳家政婦
高島忠夫さんと寿美花代さんの長男・道夫くんの事件で、警察から事情聴取を受けた17歳の家政婦。
彼女は次のような証言をしていました。
- 道夫くんの泣き声を聞いた
- 不審な男性を目撃した
しかし、17歳の家政婦以外、誰も不審者を目撃しておらず、外部から誰かが侵入した形跡も見つからなかったとか。
高島家では不審者対策として番犬を飼っていてたのですが、その日は吠えていなかったといいます。
仮に物取り目的の犯行だったとして、生後5か月の道夫くんに目撃されても証言できる可能性は極めて低いはず。そんな長男を殺める意図がわかりません。
また、日常の中でお風呂のお湯抜きを担当していたのが、17歳の家政婦でした。
しかし、長男殺害時間の当日は、バスタブのお湯は残ったまま。
警察は様ざまな不審点から、この17歳の家政婦を追求。同日の午後1時半頃、家政婦は自身の犯行を認めたそうです。
長男殺害事件・家政婦の犯行動機が衝撃
高島忠夫さんと寿美花代さんの長男を殺害した17歳の家政婦。犯行の動機は
とされています。
家政婦は1947年、新潟県佐渡島で4人姉妹の末っ子として誕生。中学卒業後の1963年、集団就職で上京し、知人のツテを頼りに高島家で住み込み家政婦として働くことになりました。
元々、高島忠夫さんと寿美花代さんの大ファンだったという家政婦は、高島夫妻に尽くしており、夫妻も彼女を可愛がっていたそうです。
実姉や地元の友人に「毎日の生活が夢のようで楽しくて仕方ない」と語ってた家政婦。地元では異例の出世と噂になります。
寿美花代さんの妊娠をきっかけに、家事だけでなく高島さんの身の回りの世話などもするようになった家政婦は、付き人のようなポジションに昇格。
裏方ではありますが、華やかな芸能界と接点を持つことができ、有頂天になっていた家政婦でしたが、その生活も徐々に変化していきました。
1964年3月、高島家に待望の第1子である道夫くんが誕生。
高島さんの付き人として活動する家政婦に代わり、69歳の女性が住み込み家政婦として採用されます。
さらに、道夫くんの世話係として、看護師資格を持つ29歳の女性も働き始めました。
長男の養育に関わるキーパーソンとなった29歳の看護師。高島夫妻は、この看護師に絶大な信頼を寄せていたそうです。
しかし、17歳の家政婦だけは、この状況に不満を抱えていたんだとか。
と不満と嫉妬を募らせていったとされています。
そんな中、決定打となった出来事が起こりました。
犯行の数日前、この家政婦が風邪をひいたため、道夫くんへの接近を禁止されます。この一件を「看護師の嫌がらせ」と勘違いした家政婦は
と身勝手な動機で犯行に及んだそうです。
事件当日の家政婦の行動
看護師と長男への嫉妬心を爆発させた17歳の家政婦。
事件当日の午前1時過ぎ、入浴を済ませた家政婦は道夫くんと看護師が眠る寝室に入りました。
すると、道夫くんは家政婦の足を掴んできたんだとか。その仕草を愛らしく感じた家政婦は、長男を抱いたまま涼む目的で家の外へ出たそうです。
あやしているうちに汚れてしまった長男の足を洗うため、再びバスルームへ戻った家政婦でしたが…。
と道夫くんをバスタブに沈め、蓋を閉めたとされています。
その後、アリバイ工作のため、室内に物色されたような形跡を残しました。
長男に対する嫉妬心が動機となった、あまりに身勝手な犯行。
逮捕された17歳の家政婦は、成人と同様に殺人罪で起訴され、1965年6月に「懲役3年から5年の不定期刑」を言い渡されたそうです。
寿美花代の長男を殺害した家政婦の現在
1965年に懲役3年から5年の不定期刑で服役した17歳の家政婦。しかし、模範囚であったため、3年後となる1968年に仮出所しました。
わずか3年で仮出所してしまうなんて…。
当時21歳だった家政婦は、出所から2年後に結婚。相手の男性は事件のことも知った上で、この女性と結婚したようです。
その後、家政婦がどうなったのかはわかっていませんが、メディアの取材に応じ、高島夫妻や長男に対する後悔の念を述べていたといいます。
1965年の事件当時、17歳だった家政婦。存命だとすれば2025年現在の年齢は77歳で、子供や孫がいる可能性も考えられます。
今の時代であれば、犯人の身元や顔画像もネットで発掘され、名前や住所といった個人情報も特定されていたでしょう。
しかし、長男殺害事件から60年近くが過ぎた現在まで、この家政婦の詳細は判明していません。
寿美花代の苦しみが切ない
世間を揺るがした高島夫妻の長男殺害事件。道夫くんの第一発見者となったのは、母親の寿美花代さんでした。
バスルームで長男を発見した寿美さんは、その場で崩れ落ちてしまったそうです。
事件の後、2人のお子さんに恵まれたご夫妻。
- 1965年10月29日:次男の高嶋政宏
- 1966年10月27日:三男の高嶋政伸
年子の男の子2人を授かりました。こちらが、幼少期の政宏さんと政伸さんです。

2人の息子はともに俳優として活躍していますが、長男の存在や事件については、なかなか話せずにいたといいます。
一時期は、家族4人でテレビ出演するなど、メディアに引っ張りだこだった高島ファミリー。
しかし、どれだけ月日が経っても、長男を亡くした寿美花代さんの悲しみが癒えることはありません。
事件による心的外傷(トラウマ)に苦しみ、浴槽につかることも出来ず、入浴はシャワーしか浴びられないそうです。
そんな寿美花代さんの現在については、こちらで詳しく紹介しています。

寿美花代の長男事件【まとめ】
高島忠夫さんと寿美花代さん夫妻の間に授かった、長男について紹介しました。
生後5か月の道夫くんは1964年、住み込み家政婦に殺害されるという大変痛ましい事件に遭われました。
犯人である17歳の家政婦が犯行に至った理由は嫉妬。
事件から60年が過ぎましたが、未だに犯人である家政婦の名前や写真などは公表されていません。
この事件は高島夫妻にとって計り知れない悲劇であり、当時の日本を震撼させたショッキングな事件でした。
最後となりましたが、高島道夫くんのご冥福をお祈りいたします。
